沿革
2015年 平成27年 創業130周年(会社設立100周年)
記念講演会・祝賀会を東京「帝国ホテル」にて開催。

創業130周年記念祝賀会
2014年 平成26年 第7回アジアビューティエキスポに大規模の出展
連日デモストコーナー・展示コーナーともに大きな反響を呼ぶ。

アジアビューティエキスポ
2014年 平成26年 創業130周年・会社設立100周年のロゴを設定、すべての広告・印刷物などに使用。
創業130周年・会社設立100周年ロゴ
2012年 平成24年 全国各地でセミナーと併催の提案型展示会の開催始まる。  
2011年 平成23年 理容サロン/美容サロン別の新メニュー提案を全国に活動展開。  
2011年 平成23年 ニチリ・ホーユー・クラシエ3社による商社・メーカー横断型プロジェクト「男前サロン計画」を発表。今後3社で理容サロンの活性化のメニュー・ノウハウを提供する。
「男前サロン計画」ジャーナル発表会
2010年 平成22年 日理創業125周年及び株式会社設立95周年記念イベントの代理店総会を大々的に開催。
大阪 リーガロイヤルホテル。

創業125周年記念 代理店総会
2010年 平成22年 新井唯夫ヘアショーを東京・大阪にて開催
延べ2000名を集客。

新井唯夫ヘアショー
2007年 平成19年 ホーユー「プロシステムヘアカラーシリーズ」を進化させた「セレニアヘアカラーシリーズ」をヘアカラー市場の変化に対応した新たな提案として発表。
セレニアヘアカラーシリーズ発表
2006年 平成18年 日理主催で新井唯夫ヘアショーを東京 帝国ホテル、大阪 メルパルクホールにおいて開催。
両会場とも約800人の熱心な観客で、満席となる。
以後、毎年開催される。

新井唯夫ヘアショー 東京帝国ホテル
2006年 平成18年 NHT紀尾井町自毛植毛相談室と業務提携。
毛髪の悩みをクリニックと理美容サロンが両面からサポートできるシステムがスタート。

NHT紀尾井町自毛植毛相談室と
業務提携
2005年 平成17年 創業120周年(株式会社設立90周年)
髪フェスタ120大トレードフェアを開催、8500人が入場。
(大阪南港ATCホール)

創業120周年記念
「髪フェスタ120」開催
2003年 平成15年 カネボウ(現:クラシエ)からマイルドシェービングを発表。
ほかでは味わえない気持ちの良いシェービング技術を各地で講習展開、新しいメニューづくりを理容業界に提案。

マイルドシェービング発表
1998年 平成10年 男性へカラー市場の拡大と多様化に対応して、ホーユーから「プロシステム ヘアカラーシリーズ」発表。       
全国で有名カラーリストのヘアセミナーや講習会が開催される。

プロシステムセミナー
1996年 平成8年 ホーユーからカレンシアカラー発表。
「白髪ぼかし」として熟年男性のオシャレ心に火が付く。
現在では、理容業界に「白髪ぼかし」が定着、ヒット商品に成長した。

カレンシアカラーと
考案者・渡部道夫氏の講習
1994年 平成6年 電バリカットが流行。
各地でナショナル(現:パナソニック)電気バリカンを使って美容サロン向けの講習が始まる。
理容では、イチローカットが流行。ナショナル電バリの普及に追い風となる。

電バリカットセミナー
1993年 平成5年 業界初となるアイロンと薬液による縮毛矯正技術(ストレートパーマ)「ストレッチアイロン」発表。
(技術は、考案者の向井徳氏 全理連名誉講師・当時)

ストレッチアイロン発表
1992年 平成4年 第三のウェーブ「シティ―ウェーブアイロン」発売。
全国でシティウェーブアイロン発表会が開催される。

シティ―ウェーブアイロン発表
1992年 平成4年 幕張メッセ世界大会に、60小間の展示出展を行う。
 
1992年 平成4年 第1日理ビル(浅草橋)建設。  
1991年 平成3年 全国縦断の「カネボウ(現:クラシエ)ヘアー&メイクコレクション」開催。
ヘアファッションと水着、着物などとコラボレーション。
北海道から九州まで各地で大反響。

カネボウヘアー&メイクコレクション
1991年 平成3年 第3日理ビル(大阪店)新築工事竣工。
大阪店ビル 竣工
1990年 平成2年 理美容業界初「幕張メッセ」にて、世界的規模のトレードフェア開催。  
1989年 平成元年 草加市に、日理東京流通センター竣工  
1985年 昭和60年 9月16日 創業100年祭(会社設立70周年)「大感謝ビッグトレードフェア」を開催。
東京プリンスホテルで18,000人の理美容店が参加。

大感謝ビッグトレードフェア
1985年 昭和60年 9月17日 創業100年祭(会社設立70周年)
記念講演会・記念式典を東京プリンスホテルにて開催。

創業100周年 記念式典
1984年 昭和59年 1982年のパリ大会に続き、第20回「世界理美容選手権大会・ヘアワールド ’84ラスベガス大会」に出展。
新しく開発した鋏「JUDO柔道」を発表。
全世界の注目を集め、各国に販売代理店が出来る。

ラスベガス世界大会に出展
1979年 昭和54年 本物のプロのレザーの製作を西ドイツ・ゾリンゲン市とドイツ刃物工業連盟のバルハンツ博士に依頼。
全面的な協力のもと、日理オリジナルブランド「ルネッサンス」と「ペーターハン」印のレザーを大量に製造輸入した。

ゾリンゲン製オリジナルレザー発売
1979年 昭和54年 ニチリ<第二回>ヨーロッパ研修会。
西ドイツ・ハンブルグとフランス・パリで日理主催のヘアセミナーを開催。

パリ・コンコルドホテルのセミナー
1978年 昭和53年 各地でシルバーアイロンの講習が盛んに行われ、アイロンパーマの全盛時代を迎える。
シルバーアイロンは、生産数15万丁を越える。

シルバーアイロン
1977年 昭和52年 清水健太郎のショートヘアが大流行
「健太郎カット」をアイロンパーマ技術でスタイル提案
キャンペーンポスター「男は、あたま。」シリーズが全国の理容店の店頭を飾る。

「男は、あたま。」ポスター
1976年 昭和51年 「ニチリトレードフェスティバル」が大阪で開催。
約8,000名の理美容サロンを集めて、サロン繁栄の経営情報、新製品、新技術を提案した。

ニチリトレードフェスティバル
1976年 昭和51年 ニチリエッジアイロン・エデュースアイロン発売。
変形アイロンで「15分パーマ」を実現。
 
1974年 昭和49年 日理企業株式会社設立、キャロッセと命名しギフト産業に進出。
日理企業㈱設立
1974年 昭和49年 日理の新シンボルマークと新書体(ロゴタイプ)“ニチリ”を設定。
“新しい日理”総合商社日理“を目指す。

新シンボルマーク・ロゴ設定
1974年 昭和49年 美容部門を強化。カネボウ・ソワンエステティック技術(総合美容システム)を開発、美容界に進出した。
ソワンエステ 機器・化粧品
1973年 昭和48年 東京 日暮里に第2日理ビル(現 東京店)竣工。
第2ビル(東京店)竣工
1972年 昭和47年 株式会社ナンバースリーとタイアップ。
ペリカンデザインパーマシリーズによる、男性向けコールドパーマシステム(セッティングサポートシステムSSS)を発表。
理容サロンでのパーマ施術が本格的に始まる。

セッティングサポートシステム発表
1972年 昭和47年 シャンプーフォーミュラーに続き、メンズアッシュレ―も発売。さらにカラー市場を深耕。
メンズアッシュレ―発売
1971年 昭和46年 ホーユー シャンプーフォーミュラー発売。
理容市場に大きなシェアーを獲得。

アッシュレーシャンプー
フォーミュラー発売
1970年 昭和45年 スライド、16m/m映画など、当時の最新機器で、サロンへの情報活動を開始。
「繁栄への提言シリーズ」として全国に展開。
その後、業界初の「ビデオテープ」によるVTR情報システムも発表。

当時の最新情報機器
1970年 昭和45年 日理の創立55周年を機に、東西別で開催していた代理店会を合併し、全国の有力器具商220社による全国日理・カネボウ代理店総会として初開催。
全国統一企画による販促策を実施、強固な販売網が実現した。
(熱海ニューフジヤホテル)

初の全国日理カネボウ代理店総会
1970年 昭和45年 大阪「万国博」ご招待旅行
全国の代理店と共栄会230名が、日本万国博覧会の見学ツアーを行う。

大阪「万国博」招待ツアー
1967年 昭和42年 カネボウ(現:クラシエ)「ダンディ化粧品」業務用発表。理容店で初めて業務用高級化粧品の使用が始まる。
カネボウより業務用
「ダンディ化粧品」新発売
1967年 昭和42年 「ビューティトレードショー」に出展。
(都立産業会館)
 
1966年 昭和41年 理容店向け繁栄情報誌「ペリカンニュース」(タブロイド判12ページ)創刊(月刊)発行部数11万部。
昭和44年にはB5版で24頁になり、現在の「サロン通信」へと続く。

ペリカンニュース創刊
1966年 昭和41年 9月10日 鐘紡(現クラシエ)と業務提携。
カネボウ業務用男性化粧品の総発売元となる。
全国有力理容器具商による「日理・カネボウ代理店会」を結成。
「京都国立国際会館」における全国代理店会席上にてこれを発表。

鐘紡と業務用男性化粧品の業務提携
1965年 昭和40年 創業80年会社 設立50周年記念イベント「理美容トレードショー」を開催。
入場者1万数千人、業界の注目を浴びる。
写真は会場の東京プリンスホテル前の行列

理美容トレードショー
1959年 昭和34年 ホーユーと取引開始。「ビゲン業務用50g」(粉末)を理容業界に販売。
ビゲン業務用50g(粉末)
1959年 昭和34年 ハンドラセット流行。
一般家庭でのドライヤー使用の発端となる。
 
1946年 昭和21年 戦災で焼失した本支店社屋を建設、貿易部、百貨店部を再設する。
昭和27年頃の本店(大阪)と支店(東京)

戦災から復興後の本支店社屋
1935年 昭和10年 社名を『日理株式会社』と改称。  
1926年 昭和元年 ジレット社、ドイツヘンケル社との販売提携を機に、全国デパートと取引。
当時のジレット剃刀とゾリンゲンレザー
1920年 大正9年 『日本理髪商報』発刊。
 B5版、2色印刷、40頁、日本初の総合理美容器具カタログ。
後の『ペリカンニュース』『日理全書』のルーツとなる。

日本理髪商報 発刊
1918年 大正7年 大阪三越と取引開始。  
1915年 大正4年 8月10日、日本理髪器具株式会社設立。
大阪の藤原勝次郎を中心に、伊藤兼吉、石原時成、東京の宮崎伝吉、河野弥一、伊勢田米次郎、伊藤万蔵らが日本理髪器具株式会社を設立。
大阪に本店、東京に支店設置。

日本理髪器具株式会社 設立
1906年 明治39年 後の東京支店長 宮崎伝吉が東京神田に『近江屋商会』を創業。  
1888年 明治21年 両手バリカンを発明した伊藤兼吉が、大阪で『伊藤兼吉商店』を創業。
伊藤兼吉商店 創業
1885年 明治18年 後の初代社長 藤原勝次郎が当社の前身『藤原商店』を大阪西区で創業。
当時としては珍しい理髪道具を中心とした金物店としてスタートした。
(明治36年頃の南区安堂寺橋の店舗)

藤原商店 創業(写真は明治36年頃)